坂本龍馬の根回し力がすごい!「いろは丸事件」

こんにちは。アート英語学苑、海住です。

1867年(慶應3年)いろは丸事件という海難事故が起こりました。

紀州藩の軍艦・明光丸と、海援隊が借り受けていたいろは丸が衝突、

いろは丸乗組員は、沈没前に明光丸に乗り移り全員無事、

直後に賠償交渉を始めようとしましたが、

まとまらないうちに明光丸が長崎に向かってしまったので、

龍馬は後を追い、

長崎奉行所で土佐藩と紀伊藩のトップ会談に持ち込みます。

龍馬は、航海日誌を提出するなど徹底抗戦を開始、

会談を待つ間、

長崎の街で、

「紀州藩は賠償金を払え!」という内容の歌を流行らせるなどして、

世論を味方につけ、

現在の価値で40億円程度の賠償金を勝ち取ります。

だけど、

その8日後に、龍馬は暗殺されてしまったという、

大変なドラマがある事件でした。

坂本龍馬すごい!